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広島高等裁判所 平成4年(ネ)41号 判決

控訴人

常泰汽船株式会社

右代表者代表取締役

梶脇嘉治登

右訴訟代理人弁護士

恵木尚

増田義憲

下中奈美

被控訴人

大久保総業株式会社

右代表者代表取締役

大久保正孝

被控訴人

大久保正孝

右両名訴訟代理人弁護士

大国和江

荒川晶彦

主文

一  控訴人の当審における訴えの変更後の新請求を棄却する。

二  当審における訴訟費用中新訴に関して生じたものは控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  被控訴人らは控訴人に対し、各自、金二一三一万六四〇〇円及びこれに対する平成六年六月二九日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。(当審において訴えを交換的に変更後の新請求)

2  当審における訴訟費用は、被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  控訴人は、昭和四四年一二月八日、被控訴人大久保総業株式会社(当時の商号大久保汽船株式会社、以下「被控訴人会社」という。)から別紙目録記載の船舶(以下「本件船舶」という。)を代金三七〇〇万円で買い受けた(以下「本件売買契約」という。)

2  控訴人は、被控訴人会社に対し、昭和四四年一一月七日から昭和四五年二月二八日にかけて右代金三七〇〇万円を別表(一)の売買代金利息計算表の支払日欄及び支払額欄に記載のとおり支払い、右各支払額の平成六年六月二八日までの商事法定利率年六分の割合による利息額の合計は、同表に記載のとおり合計五四三五万六〇六五円となるので、元利合計は九一三五万六〇六五円となる。

3  しかるところ、控訴人は、次の事情から、本件船舶の所有権を取得することができなかった。

(一) 被控訴人会社は、本件売買契約に先立ち、昭和四三年八月三〇日、訴外千代田汽船株式会社(以下「千代田汽船」という。)を代表する同社代表取締役職務代行者中野條太郎(山口地方裁判所下関支部の同年一〇月一一日付仮処分決定に基づき選任された。以下「職務代行者中野」という。)から本件船舶を買い受けたが、右売却は千代田汽船の常務に属さないため本案管轄裁判所(右同裁判所)の許可を要したところ、その許可を得ていなかった。

(二) そこで、千代田汽船は、控訴人らに対し本件船舶の所有権移転登記の抹消と同船舶の引渡し等を求める訴え(広島地方裁判所呉支部昭和四九年(ワ)第一六号、昭和五〇年(ワ)第六〇号)を提起し、右移転登記抹消と船舶引渡しを求める部分について勝訴し、同判決は確定した(上告審判決昭和六二年七月一六日言渡し)。

4  そこで、控訴人は、被控訴人会社に対し、平成元年六月三〇日送達された本訴状をもって民法五六一条に基づき本件売買契約を解除する意思表示をした。

5  控訴人は、右契約解除により、被控訴人会社に対し、前記2の本件売買代金三七〇〇万円と利息額五四三五万六〇六五円の合計九一三五万六〇六五円を民法五四五条一項、二項に基づき原状回復請求ができるところ、仮に、控訴人が本件船舶の使用利益として七〇〇三万九六六五円の返還義務があるとしても、その差引残金は二一三一万六四〇〇円となる。

6  被控訴人大久保正孝(以下「被控訴人大久保」という。)は被控訴人会社の代表取締役であるが、被控訴人会社は被控訴人大久保の個人業務を行っていたもので、被控訴人大久保と同一視されるべきであり(法人格否認の法理)、本件売買契約につき、被控訴人大久保は、被控訴人会社と共同して責任を負うべきである。

よって、控訴人は、被控訴人らに対し、本件売買契約の解除による原状回復として、金二一三一万六四〇〇円とこれに対する右契約解除の後である平成六年六月二九日から支払ずみまで商事法定利率の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし4の事実は認める。

2  同5の事実は争う。

3  同6の事実は否認する。

三  相殺の抗弁

1  本件売買契約の解除時である平成元年六月三〇日を基準とした本件船舶の売買代金三七〇〇万円と利息額(各内金支払額に対する支払日から商事法定利率年六分の割合による金員)の合計は、別表(二)の売買代金利息計算表に記載のとおり合計八〇二八万三〇四三円である。

2  控訴人は、本件売買契約後の昭和四四年一一月二九日から昭和五七年九月三〇日まで(第一期から第一四期途中までの決算期間)に、別表(三)に記載のとおり五六九一万二一四三円の使用利益を上げ、昭和五七年四月一日から昭和六二年三月三一日まで(第一四期途中から第一八期の決算期間)に、別表(四)の使用利益一覧表に記載のとおり七三四万六九八〇円の使用利益を上げている。そうすると、控訴人の第一期から第一八期までの使用利益の合計は六四二五万九七八六円となり(第一四期の使用利益は乙第三四号証の一、二は年度途中なので甲第九三号証の一、二による。)、右一七年四月(二〇八月)の平均年額は三七〇万七二九五円(一円未満切り捨て、以下同じ。)、平均月額は三〇万八九四一円となる。第一九期以降の使用利益については、控訴人において損益計算書を提出しないので不明であるが、昭和六三年一〇月末日までの間、右平均月額の使用利益を上げたものとみられ、その合計は一年七月分の五八六万九八七九円となる。

よって、昭和四四年一一月二九日から昭和六三年一〇月末日までの間に、控訴人が本件船舶により上げた使用利益は合計七〇〇三万九六六五円となる。(但し、控訴人主張の右計算には誤りがある(すなわち、第一期から第一八期の使用利益の合計は六四一六万九七八六円が計算上正しい)が、そのまま事実摘示する。)

次に、控訴人は、役員報酬として、第一期から第一三期までは別表(五)に記載のとおり四一二九万七二二五円を、第一四期から第一八期までは別表(四)に記載のとおり二七九〇万円を、それぞれ支払っており、その合計は六九一九万七二二五円となる。そして、控訴人会社の役員は、すべて同族の者によって占められており、右役員報酬は代表者の任意に計上できるもので名目的なものにすぎず、その実質は使用利益に計上されるべきものである。

したがって、控訴人は、本件売買契約解除時の平成元年六月三〇日までに、本件船舶により、以上合計一億三九二三万六八九〇円の使用利益を上げており、被控訴人会社は本件売買契約の解除による原状回復請求権に基づき控訴人に対し右使用利益の返還請求権を有する。

3  被控訴人会社は、控訴人に対し、当審における第一五回口頭弁論期日(平成六年三月一八日)に陳述された準備書面により、控訴人の被控訴人会社に対する前記本件売買代金及び利息返還請求債権を受働債権、被控訴人会社の控訴人に対する右使用利益返還請求債権を自働債権として、対当額において相殺する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は認める

2  抗弁2の事実のうち控訴人が本件船舶を昭和四四年一一月二九日から昭和六三年一〇月末日まで使用したことは認め、その余の事実は争う。

被控訴人らは、役員報酬を本件船舶の使用利益に計上すべきである旨主張するが、会社役員が実働し、給与としないで役員報酬として月収を得ることは良くあることであり、本件の場合も同様である。税務申告され、税務署の審査も経ている役員報酬を使用利益として返還を求められるのは不当である。なお、本件船舶は、控訴人のもとから引き上げられた後、代金八三二三万円で他に売却されており、右代金相当額の損害を控訴人が被ったことも考慮されるべきである。

第三  証拠

原審及び当審記録中の書証目録並びに原審記録中の証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

二  請求原因4及び抗弁1について

本件のように、民法五六一条に基づき売買契約の解除がなされた場合であっても、同法五四五条一、二項所定の現状回復義務が生じることは当然であるから、本件売買契約の買主である控訴人は、売主である被控訴人会社に対し、本件船舶の売買代金三七〇〇万円と右代金支払日の翌日から本件売買契約が解除された平成元年六月三〇日までの商事法定利率年六分の割合による利息金の合計金を返還すべき義務があることは明らかである。

そして、別表(二)に記載のとおり、控訴人が被控訴人会社に対し、本件船舶の売買代金三七〇〇万円を昭和四四年一一月七日から昭和四五年二月二八日まで九回にわたり分割払いし、右各支払日から商事法定利率年六分の割合による利息を計算すると、平成元年六月三〇日現在の元利合計が八〇二八万三〇四三円となることは、当事者間に争いがない。

三  抗弁2について

ところで、売買契約が解除された場合に、目的物の引渡しを受けていた買主は原状回復義務の内容として、解除までの間目的物を使用したことによる利益を売主に返還すべき義務を負うものであり、この理は、民法五六一条に基づき売買契約が解除された場合についても同様であると解される(最高裁判所昭和五一年二月一三日第二小法廷判決、民集三〇巻一号一頁参照)。

そして、右買主が返還義務を負う目的物の使用利益の具体的算定方法については、売買契約の解除に基づき売主が原状回復義務として負担する売買代金と支払時以降の利息との均衡から決せられるべきであり、その観点からすると、売買目的物の利用により上げることのできた総利益の中から人件費、維持費等の必要経費を控除した純利益をもって右使用利益として算定するのが相当である。

別表(一)

売買代金利息計算表  年利6% 1年365日としての計算   基準日  H6.6.28

支払日

支払額

利息計算期間

利息額

元利合計

S44.11.7

1,489,450

24

233

2,201,855

3,691,305

12.5

2,640,000

24

205

3,890,564

6,530,564

12.12

1,050,000

24

198

1,546,175

2,596,175

12.15

7,000,000

24

195

10,304,383

17,304,383

12.27

4,682,734

24

183

6,884,002

11,566,736

12.29

4,090,739

24

181

6,012,369

10,103,108

12.30

1,200,000

24

180

1,763,506

2,963,506

S45.1.10

10,000,000

24

169

14,677,808

24,677,808

2.28

4,847,077

24

120

7,075,403

11,922,480

37,000,000

54,356,065

91,356,065

別表(二)

売買代金利息計算表  年利6% 1年365日としての計算   基準日  H1.6.30

支払日

支払額

利息計算期間

利息額

元利合計

S44.11.7

1,489,450

19

7

25

1,756,224

3,245,674

12.5

2,640,000

19

6

27

3,100,517

5,740,517

12.12

1,050,000

19

6

20

1,231,952

2,281,952

12.15

7,000,000

19

6

17

8,209,561

15,209,561

12.27

4,682,734

19

6

5

5,482,646

10,165,380

12.29

4,090,739

19

6

3

4,788,181

8,878,920

12.30

1,200,000

19

6

2

1,404,394

2,604,394

S45.1.10

10,000,000

19

5

22

11,686,164

21,686,164

2.28

4,847,077

19

4

1

5,623,404

14,041,068

37,000,000

43,283,043

80,283,043

別表(三)

常泰汽船の使用利益一覧表(汽船 寿敬丸)

期間(昭和・年月日)

運航収入

必要経費

使用利益

44.11.29~45.3.31

580万7098円

378万9575円

201万7523円

45.4.1~46.3.31

2117万6520円

1314万9767円

802万6753円

46.4.1~47.3.31

2148万1413円

1539万0327円

609万1086円

47.4.1~48.3.31

2069万7743円

1738万3846円

331万3897円

48.4.1~49.3.31

2531万1935円

1834万2424円

696万9511円

49.4.1~50.3.31

3468万9677円

2722万8927円

746万0750円

50.4.1~51.3.31

3518万6667円

3230万8072円

287万8595円

51.4.1~52.3.31

3679万0430円

3492万4171円

186万6259円

52.4.1~53.3.31

3940万7528円

3691万6582円

249万0946円

53.4.1~54.3.31

4066万1290円

3160万1031円

906万0259円

54.4.1~55.3.31

4074万4302円

4036万3979円

38万0323円

55.4.1~56.3.31

4176万0001円

4027万4275円

148万5726円

56.4.1~57.3.31

4309万8333円

3831万7155円

478万1178円

57.4.1~57.9.30

2001万6130円

1992万6793円

8万9337円

合計

4億2682万9067円

3億6991万6924円

5691万2143円

これを本件についてみるに、控訴人が本件船舶を昭和四四年一一月二九日から昭和六三年一〇月末日までに使用したことは当事者間に争いがなく、証拠(甲第一、第二号証、第九三ないし第九七号証の各一、二、乙第一二ないし第二五号証の各一ないし三、第二六号証の一ないし四、第二七ないし第三四号証の各一、二)及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は、本件船舶の運航により、昭和四四年一一月二九日から昭和五七年九月三〇日まで(決算期の第一期から第一四期の途中まで)、別表(三)に記載のとおり合計五六九一万二一四三円の使用利益(運航収入から必要経費を控除したもの。)を上げたこと(別件訴訟(当庁昭和五三年(ネ)第六七号外)の判決においても、控訴人側の提出した書証により、右使用利益を上げたことが認定されており(甲第二号証の別表(二)参照)、同判決は上告審で確定している。)、昭和五七年四月一日から昭和六二年三月三一日まで(第一四期から第一八期まで)、別表(四)に記載のとおり合計七三四万六九八〇円の使用利益(算定方法は、前同様。)を上げたことが認められる。そうすると、昭和四四年一一月二九日から昭和六二年三月三一日まで(決算期の第一期から第一八期まで)の控訴人の本件船舶による使用利益は、別表(二)の第一四期途中までの八万九三三七円を別表(四)の第一四期の二三〇万四六七一円赤字に合わせて控除することとし、合計六四一六万九七八六円(五六九一万二一四三円+七三四万六九八〇円−八万九三三七円=六四一六万九七八六円)と認めるのが相当である。そして、昭和六二年四月一日から昭和六三年一〇月末日までの本件船舶の使用利益については、近接した第一四期から第一八期までの五年間の平均月額一二万二四四九円(七三四万六九八〇円÷六〇月=一二万二四四九円)により算定した二三二万六五三一円(一二万二四四九円×一九月=二三二万六五三一円)と認めるのが相当であり(右認定を覆すに足りる証拠はない。)、以上を合計すると六六四九万六三一七円(六四一六万九七八六円+二三二万六五三一円=六六四九万六三一七円)となる。

別表(四)

常泰汽船の使用利益一覧表――14期~18期

期間

(昭和・年・月・日)

運航収入

(傭船料)

必要経費

運航収益

(使用利益)

船員給料

役員報酬

14

57.4.1~58.3.31

3,991万4,518円

4,221万9,189円

~2,304,671円

16,692,000円

5,400,000円

15

58.4.1~59.3.31

4,467万8,548円

4,115万6,208円

3,522,340円

18,286,240円

5,400,000円

16

59.4.1~60.3.31

4,358万0,433円

4,202万7,821円

1,552,612円

18,409,760円

5,400,000円

17

60.4.1~61.3.31

4,111万7,637円

3,909万0,398円

2,027,239円

17,388,500円

5,400,000円

18

61.4.1~62.3.31

4,186万1,294円

3,931万1,834円

2,549,460円

17,460,000円

6,300,000円

合計

2億1,115万2,430円

2億 380万5,450円

7,346,980円

88,236,500円

27,900,000円

注:必要経費からの控除額

第14期 減価償却費、利息

第15期 減価償却費、支払利息、特別修繕引当金繰入損、当期利益金

第16期 減価償却費、支払利息、当期利益金

第17期 減価償却費、支払利息、特別修繕引当金繰入損、裁判費用

第18期 減価償却費、支払利息、特別修繕引当金繰入損、当期利益金

別表(五)

常泰汽船 運航収入と役員報酬・給料の推移

期間

運航収入

給料

役員報酬

1

44.11.29~45.3.31

5,807,098

1,815,000

120,000

2

45.4.1~46.3.31

21,176,520

120,000

405,000

3

46.4.1~47.3.31

21,481,413

7,587,500

396,000

4

47.4.1~48.3.31

20,697,743

6,099,000

2,061,000

5

48.4.1~49.3.31

25,311,935

6,470,892

3,165,225

6

49.4.1~50.3.31

34,689,677

12,988,400

7

50.4.1~51.3.31

35,186,667

14,756,400

8

51.4.1~52.3.31

36,790,430

8,666,280

7,200,000

9

52.4.1~53.3.31

39,407,528

10,578,000

7,200,000

10

53.4.1~54.3.31

40,661,290

10,891,000

7,200,000

11

54.4.1~55.3.31

40,744,302

13,618,408

3,900,000

12

55.4.1~56.3.31

41,760,001

15,426,900

4,800,000

13

56.4.1~57.3.31

43,098,333

17,034,660

4,950,000

14

57.4.1~57.9.30

20,016,130

7,444,000

2,700,000

426,829,067

133,496,440

43,997,225

次に、被控訴人らは、控訴人による本件船舶使用中の役員報酬について、これも使用利益として扱うべきである旨主張するので、以下検討する。

証拠(前掲甲第九三ないし第九七号証の各一、二、乙第二一ないし第二五号証の各一ないし三、第二六号証の一ないし四、第二七ないし第三四号証の各一、二に加え、甲第五六号証、乙第一号証の一、原審での控訴人代表者梶脇及び被控訴人大久保(兼被控訴人代表者)各本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  控訴人は、昭和四四年一一月二八日に設立され、同年一二月八日本件船舶を被控訴人会社から買い受けているが、控訴人会社は本件船舶を取得して運用するために設立されたもので、その実質上の経営は千代田汽船の職務代行者中野に委ねられていた。

2  控訴人代表者梶脇嘉治登(以下「控訴人代表者梶脇」という。)は、昭和四七年ころ、被控訴人会社代表者の被控訴人大久保の口ききで本件船舶の購入を勧められ、その方法として同年一〇月六日に控訴人会社の全株式を譲り受けて代表者取締役に就任した。控訴人代表者梶脇は、そのころ、右譲受代金(控訴人の資産は本件船舶のみであったから実質は本件船舶の買受代金)として頭金三〇〇万円(但し、うち一六〇万円は運転資金として内部留保)を中野らに支払い、かつ、約三二五〇万円の控訴人会社の負債を引き継いだが、右負債はその後の本件船舶の運航収入により弁済された。

3  控訴人代表者梶脇は、もともと個人で船舶運送業を営んでいた者であるが、控訴人会社代表取締役に就任後、その子息らを取締役等の役員に就任させ、いわゆる同族会社として、専ら本件船舶の運航による営業利益をもとに経営を行ってきた。

4  控訴人は、役員報酬として、第一期から第一三期までは別表(五)に記載のとおり四一二九万七二二五円を、第一四期から第一八期までは別表(四)に記載のとおり二七九〇万円を、それぞれ計上して支払っているが、別表(五)に記載のとおり、控訴人代表者梶脇が就任した昭和四七年以降は、それまでの役員報酬が年額平均三〇万円程であったのに、第四期(昭和四七年度)から第一三期までは年額平均四〇〇万円程に、第一四期から第一八期までは年額五六〇万円程に著しく大幅に増額されており、一方、船員給与としては、第三期が年額七五八万円であったのが、第四期以降は年額平均一三六〇万円を越える金額が支払われている。

そして、控訴人代表者梶脇は、子息らと共に、本件船舶に乗船するなどして稼働していたが、いずれも、役員報酬の外に給与の支給も受けていたものである。

以上の認定事実をもとに考察するに、控訴人代表者梶脇が就任した後も控訴人会社の営業が専ら本件船舶の運航によるもので、船員給与は従前以上に支払われているのに、役員報酬については著しく大幅な増額がなされていること、控訴人代表者梶脇に経営権が移った以後の控訴人会社は、同族会社であって、いわゆるお手盛りの会計処理が可能な状況にあったとみられることなどを勘案すると、控訴人会社の規模や営業内容に照らして相当と認められる役員報酬の範囲を越え、本来利益として計上されるべきものを一部役員報酬として配分していたものと認めざるを得ない。そして、控訴人会社の役員報酬の第四期以降(右経営権移転後)の著しく大幅な増額等に照らすと、それ以降の役員報酬の総額約六八〇〇万円の約三割にあたる二〇〇〇万円は、控え目にみても本件船舶の使用利益と認めるのが相当である。

なお、箕村知道作成の報告書(甲第一二〇号証)には、同人が控訴人会社の会計処理をしていた昭和五〇年以降、役員報酬を得ていたのは控訴人代表者梶脇と子息一名だけで、給与との二重取りはなかった旨の記載があるが、控訴人代表者梶脇作成のメモ(甲第九八号証)には役員報酬以外に給与を得ていた旨の記載があり(後に提出された同人作成の報告書(甲第一一九号証)では、右記載は誤りであるというが、右訂正は不自然であって、にわかに信用できない。)、本件船舶とほぼ同規模の船舶の乗務員数や給与取得等について記載された被控訴人大久保作成の報告書(乙第三六号証)と対比して、前掲箕村知道作成の報告書は、にわかに措信し難いという外なく、他に右認定判断を覆すに足りる証拠はない。

以上によれば、被控訴人会社は、控訴人に対し、平成元年六月三〇日の本件売買契約解除の時点において、本件船舶の使用利益の返還請求権として合計八六四九万六三一七円(六六四九万六三一七円+二〇〇〇万円)の反対債権を有していたことが認められる(控訴人会社としては、約一九年間本件船舶を使用できたのであるから、その間の運航の利益によって、その取得のための投資を回収し得たものとみるのが常識的であろう。)。

なお、付言するに、控訴人は、本件船舶がその後八三二三万円で他に売却されたことにより被った損害が考慮されるべきである旨主張するが、民法五六一条に基づく売買契約においては目的物の権利が売主に属さないことにつき悪意の場合は損害賠償の請求はできないものであるし(本件において、本件売買契約後に代表者となった梶脇自身はともかく、右売買契約当時、控訴人会社としては本件船舶の所有権を取得できないことを知っていたと認めるべきことは、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。)、本訴新請求は本件売買契約の解除に基づく現状回復の請求であるから、右主張は失当である。

四  抗弁3について

弁論の全趣旨によれば、被控訴人会社は、控訴人に対し、抗弁3のとおり相殺の意思表示をしたことが認められる。

五  結論

以上の次第で、被控訴人らの相殺の抗弁は理由があり、控訴人の当審において訴えの変更をした後の新請求は、その余の判断に立ち入るまでもなく理由がないからこれを棄却すべきである。

よって、控訴人の当審における訴えの変更後の新請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官柴田和夫 裁判官佐藤武彦 裁判官岡原剛)

別紙目録

船舶の種類及び名前 汽船 寿敬丸

船籍港 広島県安芸郡浦刈町

船質 鋼

総トン数 一九六トン

純トン数 一〇七トン七四

機関の種類及び数 発動機 一個

推進器の種類及び数 ら旋推進器一個

進水の年月 昭和四二年三月

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